品種改良:個人育種家の西川公一郎が提供する園芸新品種と南米遺伝資源に関連するサイト

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個人ブリーダーの新たな挑戦

個人ブリーダーの新たな挑戦

<経営の難しさは覚悟の上>
 7年前に個人ブリーダーになると決めた時、相談した人全てから生活していけなくなるから止めろと助言を受けた。
 確かに個人ブリーダーで成功している人は世界を見渡してもごくわずかしかいなかった、成功しているブリーダーの現状を知りたくPWにネメシアを提供しているイギリスの個人ブリーダーに会いに行った。
 目標にしていた個人ブリーダーだったが、園芸では先進国のイギリスでも育種だけで農場経営は成り立たず、生産と組み合わせなければならない厳しい経営実態を知らされた。
 個人ブリーダーにとって生活していくことがいかに難しいか自分の目で見たが、あきらめる気にならなかった。

<都市砂漠にある屋上を花畑に変える>
 当時、私は防水メーカーと共同出資して設立した、屋上緑化専門会社の技術役員として植物に関わっていた。「無灌水・土厚3cmの過酷な条件をクリアし、都市砂漠にある屋上を花畑に変えたい」と考えていた。
 屋上緑化に使えそうな乾燥に強く、開花期間が長い植物を世界中から集めた。-15度の寒さ・60度の暑さ、雑草が全て枯れる極度の乾燥に耐え、開花期間が長い、しかも生育速度が速い植物。  
 この条件を満たす可能性がある植物はただ1つ耐寒マツバギク‘レイコウ’だけだった。しかしこの耐寒マツバギク‘レイコウ’は1色しか花色が無く、開花期間が短かい欠点があった。
 「この耐寒マツバギク‘レイコウ’の花色を増やし、開花期間を長くできれば屋上を花畑に変えられる」と考えたが、交配効率が極めて悪い耐寒マツバギク‘レイコウ’の改良方法が見つからなかった。

<重イオンビームとの出会い>
 会社を辞め個人ブリーダーとして本格的に耐寒マツバギク‘レイコウ’の品種改良に取りかかった。世界中から資料を取り寄せたが、耐寒マツバギクの品種改良は経験が無く、唯一ガーデンハイブリッドがアメリカの植物園で見つかったことが報告されているのみだった。遺伝子組み換え、放射能他用途利用など最新の技術に着目し今までにない新しい方法で育種できないか模索した。
 貴重な出会いがあり、理化学研究所と共同で重イオンビームを利用した育種を行うこととなり。重イオンビームによる育種と平行して世界中からかき集めた耐寒マツバギクとの莫大な量の人工交配を開始した。1万回交配するまで諦めない。必ず交配できるはずだと信念を持って交配を続けた。
 そんな中、意欲だけで実績がない私に角田ナーセリーから3年間育種に投資が得られる事が決まり。第一園芸からも技術協力が得られる事が決まった。
 育種を継続できる環境が整い、懸命に育種を続けた。
 耐寒マツバギク‘レイコウ’の品種改良は容易ではなかったが、3年間で花色を4色に拡大し開花期間の拡大にも成功した、4年目に当たる2007年春に「砂漠の宝石」として販売を開始した。
 現在、花色は12色に拡大され、より開花数が多く剛健な品種への改良を続けている。

<カレンジュラ・千日小坊・ナデシコ>
 耐寒マツバギク‘レイコウ’の育種と移行して、第一園芸の技術指導で続けていた四季咲スプレーカレンジュラの育種も2007年春に「まどか」として6色の販売を開始した。現在、花色は32色に拡大され、より美しく剛健な品種への改良を続けている。
 角田ナーセリーの主力商品とも言える千日小坊も花色を4色に拡大し、四季咲性を高めた千日子鈴、千日小雪、千日子夏がすでに販売されていてる。より四季咲性を高め花色を増やす事と、さらに花の大きさが異なる別シリーズの開発をめざし改良を続けている。
 暑さと乾燥に強く、真夏も花数が減らず、フザリュウムに強いナデシコの育成はまだ道半ばだが成果が目前に迫っている。

<自立経営には年間200万ポットの品種提供が必要>
 今まで角田ナーセリーからの投資が経営を支えてきたが、日本で経営する限り個人ブリーダーとして自立経営するためには少なくても年間1,500万円の売上が必要となる。1,500万円の売り上げを得るためには年間200万ポットのパテント品種を提供し続ける必要がある。
 これは個人ブリーダには不可能に近い。おそらく世界でこのハードルを越えられる個人ブリーダーはほとんどいないと想像できるほど困難な現実だ。


<自立経営を行う方法を模索>
 安定して育種を継続するためにはなんとしても自立経営できなければならない。個人ブリ−ダーが自立経営するためには、「国際展開」・「育種と種苗の一貫生産」の2つが不可欠だと考えた。
 そのためには、自ら育種した品種の権利と種苗を世界のマーケットに販売しなければならない、種苗生産は日本で行ったのでは国際競争力がない。
 悩んだ末、気象条件と低い人件費が魅力な熱帯高地へ育種拠点を移し、そこで育種と種苗の一貫生産を行う事を決めた。
 候補地選びには苦労したが、赤道直下で年間を通して夜温8度日温26度と変化無く、人件費も日本の1/5と比較的低価格なエクアドルのカヤンベに決めた。
 エクアドルで育種を行い、種苗生産と一貫して行えば高い国際競争力を得る事ができる。国際的な種苗会社の統廃合が加速しているが、得意分野を絞り込めば、隣国チリと中国に種苗生産拠点を持つサカタ、ボール、シンジェンタの3大種苗に対抗する事ができる。
 営業力の弱さや、不安定な南米の治安など、多くの不安定要素はあるが1つづつ解決していくしかない。
 来年の1月にはFlorSAIKAのベースはエクアドルに移る。成功するかどうかはやってみないと解らない、個人ブリーダーとして自立経営するために挑戦を続けるしかない。

 共にエクアドルでの生活を選んでくれた妻と娘に改めて感謝を伝えたい。

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