品種改良:個人育種家の西川公一郎が提供する園芸新品種と南米遺伝資源に関連するサイト

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SAIKAクラブ入会申込  |  71.gif お問い合せ

2007年7月27日

3つの研究会を持つSAIKAクラブ設立

南米エクアドルに育種及び生産農場を持つ、FlorSAIKAは 生産者・ブリーダー・趣味家を対象とした研究会、SAIKAクラブを設立しました。
SAIKAクラブには「南米植物研究」「種苗の共同購入」「オリジナル品種の海外販売」の3つの研究会があります。どなたでも入会することができます。情報収集の場として、情報発信の場としてご利用いただけるクラブを目指しています。
FlorSAIKAと一緒にチャレンジしてみませんか。

<南米植物研究 South America plant investigation>
南米の遺伝資源 : The genetic resource of the South America plant 南米の有用植物を調査する研究です。 今まで大半が、医学的視点から植物調査が行われて来たため、南米にはまだ実用化されていない園芸的に優れた植物がたくさんあります。園芸的視点や育種家の視点で南米植物を見れば可能性がある植物はたくさん眠っています。自生地を訪れ、これらを調査する活動です。

<種苗共同購入 A seed and cuting combination purchase>
海外の採取場から生産者に直接種苗を提供する試みです。FlorSAIKAエクアドル自社農場に加え、コスタリカとチリの提携農場で生産するカット苗と種子を日本の生産者に直接お届けします。四季がなく1年中日本の春と同じ気候が続く熱帯高地は、台風も積雪もありません。人件費も日本の1/5と割安なため、生産される種苗は本来安価な物です。しかしながら、複雑な流通や輸送コストのために日本では割高になってしまっています。
本来安価な種苗を安価にお届けするために、皆さんからの注文をまとめロッド大きくし一度に多量に流通させることで、物流コストを下げ、各農場に小ロッドでお届けする試みです。

<オリジナル品種の海外販売研究会  The overseas sale of the original kind>
オリジナル品種の海外販売をお手伝いする試みです。個人育種家や、突然変異を見つけられた生 産者の方等、海外販売にルートを持たない方にFlorSAIKAが持つヨーロッパとアメリカの提携種苗会社へあなたのオリジナル品種を紹介します。 今や育成した品種は国際販売しない限り開発コストを回収できません。日本の園芸マーケットは国際的に見れば1割にも満足りない小さな物です。しかも、品種数の増加と多様化により、年間30万ポットのパテント品種としての採算ラインを割り込む品種が増え、国内販売だけでは開発コストを回収できない事が一般化してきました。 日本で出願、もしくは売り出してから1年を経過した物は、最大のマーケットであるアメリカでは権利を主張することができません。ヨーロッパでは4年です。優秀な品種であればあるほ ど早く対策を取らなければなりません。

2007年7月25日

川エビ取り

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川では、たもを入れておくだけで5cm以上の大きなエビが簡単に次々とれる、どこの家でも皆毎日、川でエビを捕っている。重要な食材となっている。
エビと言えばエクアドルはエビの輸出で有名だ。一番の顧客は日本だ。
ただ、エビは病気に弱く栽培に多量の化学薬品を利用する事やマングローブの伐採を助長することで環境の面で見直されつつある。
有機で化学薬品を利用しないエビ生産をしている人に出会うことができた。アランダルースの近くで、魚、エビそして稲栽培を同時に行うパーマカルチャーの流れをくんだ栽培方法だった。どこでも変わり者、頑固親父はいるものだと感心した。
アレルギーが問題になりつつある現代、化学薬品を一切利用しない持続可能なエビ生産を確立しようとしている事は時代に合った事でもある。
今は、有機でこだわりの方法で栽培したエビは全量アメリカ向けに輸出されているが一番最初に日本向けに営業したが相手にされなかったとのことだった。私に日本で営業してほしいと頼まれたが、私は花の品種改良が専門でエビの販売にノウハウは無いので聞くだけ聞いておいた。

2007年7月22日

エクアドルの漁港

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エクアドルには日本のような漁港はほとんど見られない。
日本のようにコンクリートで固められた浜辺というイメージはない。
自然の入り江を利用し、漁船は砂浜に直接着岸して魚は手で運びおろす。大型船からは小さなボートで砂浜まで運びおろす。
非常に活気がある。毎朝同じ光景が見られるが土曜日と日曜日は休みだ。赤道直下なので台風やハリケーンなどはあり得ないので海が荒れて漁ができないことはないせいかどことなくのんびりしたところがある。

2007年7月20日

アンデス標高5000m

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アンデス山脈は5500mまで植物が生育しているエリアがある。
5000m付近までは特にロゼット化もせず通常の草本類と木本類が生育しているのに驚く。
ただ、気候の変化は激しく、晴天と思えば急に天気が崩れ、ひょうがふりだし、雪が積もる。
また、すぐに晴れたり曇ったりという感じだ。
景色は非常に神秘的だ、人間には近寄りがたい力強さと厳しさがかいま見える。

アンデスの村サリナス

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エクアドルでもっともおいしいチョコレートとチーズが食べられる所がサリナス。行く途中ひどい雹におそわれ驚きながら行くことになったが、非常にすばらしい所だった。
標高4000mのサリナスはアンデス山脈にあり非常に寒い、特に夜はストーブなしでは部屋にいられないほど寒い。景色も何となくスイスに似ているところだが、スイスから導入した技術を利用して高品質なチョコレートとチーズが作られている。
インデイヘナがアンデスの山々から何時間もかけてミルクをラバで運んでくる。標高が高い山間部では馬は力を発揮できないため、ロバと馬の一代中間雑種のラバが重宝されている。
チーズは半年寝かせて作る。私は初めてかびだらけで半年間も寝かせてチーズを作るところを見ることができた。
ビデンスの花を集め、伝統的にヒステリックの気持ちを落ち着かせるのにとても良いと言ってお茶にして飲ませてくれた。伝統的ハーブの多さに驚いた。アマゾンのシャーマンは世界的にも有名だがアンデスも薬草の宝庫だ。ルピナスの豆を集めている人がいたので聞いてみたところ大変おいしいとの事だった。
キノコもアンデスの山々から集められ乾燥していた。自然の顔料がたくさん作られ、ブルーベリーも顔料として山から集められていた。その顔料を利用して羊や山羊、カシミヤの毛を染めてポンチョやセーターを手作業で作っていた。


2007年7月19日

アマゾンの蝶

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エクアドルにはオリエンテと言う熱帯雨林があります。この熱帯雨林はアマゾンのジャングルの一部に含まれています。
小川の上をモロフオチョウが飛び交う姿は神秘的で、パンジーにモロフォチョウという名前をつけた人がいますが、比較にならない美しさです。アマゾンの静かでうっそうと茂ったジャングルの小川の上を音もなく飛び交う鮮やかなモロフオチョウはまさにアマゾンの宝石です。
写真の蝶はモロフォチョウではありませんが趣味で採取していたかたのコレクションの写真を撮らせていただきました。
丁度、ドイツ・ロシアの調査隊が蝶の採取をしていましたが、新種が見つかったと話していました。蝶が何を食べているかが重要との事で持ち帰り分析にかけるとのことでした。
別の機会に調査隊の活動の様子を撮影した写真を紹介させていただきたいと思います。

2007年7月18日

食用ホーズキ

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エクアドルでは国内消費用に多くの食用ホーズキが栽培されているが、ヨーロッパへの輸出用に大規模に生産されている。
日本での知名度は低く、薬用効果が高い優秀な果物であるにも関わらず、日本では時々スーパーでも見られ程度しか流通していなし。
私のエクアドルの友人が有機栽培を行った食用ホーズキを日本に輸出したいと相談してきましたが、園芸が専門の私には食材の流通がわからずアドバイスできなかった。

2007年7月17日

シーカヤック・新たな夢

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私が愛用しているシーカヤック「マリオン号」
冬の日本海で髪の毛を凍らせながら冷海でトレーニングをし、雪が積もった浜辺に上陸した。本格的に育種を始める前、真剣にシーカヤックのプロを目指していた頃が懐かしい。もう6年前だ、22歳の時カナダで初めてシーカヤックに出会い26歳で本格的にシーカヤックを始めた。29歳までがむしゃらにトレーニングした。タンデムを1人で漕ぐトレーニングや、大しけの中を漕ぐトレーニングをした。夜通し漕ぎ続ける事も珍しくなかった。毎日8キロの重りを持って10kmの山道を走った。
自営を機にシーカヤックから遠ざかり、育種を本格的に初め、ほとんど乗ることが無くなった。日本からアラスカ経由でカナダまでシーカヤックで行くという夢は実現できなかった夢に終わった。人生の一時期を共に過ごしたマリオン号は日本に置いていく。
エクアドルでは人生と家族を巻き込んだ、新たな夢が始まる。・・・・

2007年7月16日

エクアドルアマゾンエリアの住居

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エクアドルは豊富な気象対を持ちアマゾンジャングルが含まれる。インデイヘナが独自の文化と伝統を大切に生活している。パパイアが自生し、庭先でほとんど管理しないでバナナが収穫できる。また、主な食料のユッカは枝を切って地面に突き刺すだけで6ヶ月後には芋ができる。
ユッカを発行させヨーグルトにしたものをtitiといい朝ご飯に食べる。アマゾンの朝は早い早朝4時にはすでに農作業が本格化している。重労働をもくもくとこなしていく、男はみんなプロレスラーのような体をしている。
家も自分で建てる。簡単な構造だが部材は厳選され。必要な場所には丈夫な材料が利用されている。

2007年7月15日

園芸パテント品種の海外販売

海外販売で、海外メーカーとの業務提携が具体的に進み出した。
まずはトライアル契約を交わし、その後パテント契約を進む。
特別な言い回しをする契約書が英文なので四苦八苦しながら進めているが、何とかめどが立ってきた。
語学力が原因で意思の疎通ができず、契約が流れた昨年の失敗を繰り返してはならない。今回は詰めて話を進め具体的契約まで一気に進めたい。
ビジネスで問題が無いレベルまでスペイン語と英語の能力を至急高めなければならない、生活していけるレベルとビジネスのレベルは明らかに違う。35歳の今年、新たな挑戦の1つに語学がある。
32歳になるまでスペイン語を全く見たことすら無かった事を考えると乗り越えられないハードルではないはずだ。決死の覚悟でエクアドルに行き、キト空港でトイレの場所がどこかも聞くことができず困り果てた3年前が懐かしい。

2007年7月12日

T社のトライアル

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今日は、T社のトライアルでトルコギキョウを見せていただいた。
切り花としての完成度の高さ、豊富な色揃えなど驚くことばかりだったが、箱への入り数の増加のために花がすぼみ気味になるよう育種されていることに少し残念さを感じた。
立て置き流通やバケツ輸送が消費者の視点に立って考えられてきたのに、すぼみ気味の花に興味をもたっる方もいると思うが、入り数増加のために改良されているのは残念だ。
特に小輪系は花が開かないので少し離れてみると枝とつぼみばかり目立ち花が目立たない。きちんと開いてくれればすてきなのに。スプレー咲きの良さも薄れてしまっている。
いったい誰の方向を見て育種をしているのかと疑問を感じてしまった。エンドユーザーの存在を忘れてしまっているのだろうか。こう思うのは私だけだろうか

2007年7月11日

本格的な梅雨

育種場所の変更で温室の移動を今日で4日めだ、ようやく落ち着きつつある。
温室を修理するところから行っているので中々手強かったが、植物の整理も進み中々さっぱりした。
明日はトルコのトライアルに出かける。楽しみだ。

2007年7月 7日

個人ブリーダーの新たな挑戦

個人ブリーダーの新たな挑戦

<経営の難しさは覚悟の上>
 7年前に個人ブリーダーになると決めた時、相談した人全てから生活していけなくなるから止めろと助言を受けた。
 確かに個人ブリーダーで成功している人は世界を見渡してもごくわずかしかいなかった、成功しているブリーダーの現状を知りたくPWにネメシアを提供しているイギリスの個人ブリーダーに会いに行った。
 目標にしていた個人ブリーダーだったが、園芸では先進国のイギリスでも育種だけで農場経営は成り立たず、生産と組み合わせなければならない厳しい経営実態を知らされた。
 個人ブリーダーにとって生活していくことがいかに難しいか自分の目で見たが、あきらめる気にならなかった。

<都市砂漠にある屋上を花畑に変える>
 当時、私は防水メーカーと共同出資して設立した、屋上緑化専門会社の技術役員として植物に関わっていた。「無灌水・土厚3cmの過酷な条件をクリアし、都市砂漠にある屋上を花畑に変えたい」と考えていた。
 屋上緑化に使えそうな乾燥に強く、開花期間が長い植物を世界中から集めた。-15度の寒さ・60度の暑さ、雑草が全て枯れる極度の乾燥に耐え、開花期間が長い、しかも生育速度が速い植物。  
 この条件を満たす可能性がある植物はただ1つ耐寒マツバギク‘レイコウ’だけだった。しかしこの耐寒マツバギク‘レイコウ’は1色しか花色が無く、開花期間が短かい欠点があった。
 「この耐寒マツバギク‘レイコウ’の花色を増やし、開花期間を長くできれば屋上を花畑に変えられる」と考えたが、交配効率が極めて悪い耐寒マツバギク‘レイコウ’の改良方法が見つからなかった。

<重イオンビームとの出会い>
 会社を辞め個人ブリーダーとして本格的に耐寒マツバギク‘レイコウ’の品種改良に取りかかった。世界中から資料を取り寄せたが、耐寒マツバギクの品種改良は経験が無く、唯一ガーデンハイブリッドがアメリカの植物園で見つかったことが報告されているのみだった。遺伝子組み換え、放射能他用途利用など最新の技術に着目し今までにない新しい方法で育種できないか模索した。
 貴重な出会いがあり、理化学研究所と共同で重イオンビームを利用した育種を行うこととなり。重イオンビームによる育種と平行して世界中からかき集めた耐寒マツバギクとの莫大な量の人工交配を開始した。1万回交配するまで諦めない。必ず交配できるはずだと信念を持って交配を続けた。
 そんな中、意欲だけで実績がない私に角田ナーセリーから3年間育種に投資が得られる事が決まり。第一園芸からも技術協力が得られる事が決まった。
 育種を継続できる環境が整い、懸命に育種を続けた。
 耐寒マツバギク‘レイコウ’の品種改良は容易ではなかったが、3年間で花色を4色に拡大し開花期間の拡大にも成功した、4年目に当たる2007年春に「砂漠の宝石」として販売を開始した。
 現在、花色は12色に拡大され、より開花数が多く剛健な品種への改良を続けている。

<カレンジュラ・千日小坊・ナデシコ>
 耐寒マツバギク‘レイコウ’の育種と移行して、第一園芸の技術指導で続けていた四季咲スプレーカレンジュラの育種も2007年春に「まどか」として6色の販売を開始した。現在、花色は32色に拡大され、より美しく剛健な品種への改良を続けている。
 角田ナーセリーの主力商品とも言える千日小坊も花色を4色に拡大し、四季咲性を高めた千日子鈴、千日小雪、千日子夏がすでに販売されていてる。より四季咲性を高め花色を増やす事と、さらに花の大きさが異なる別シリーズの開発をめざし改良を続けている。
 暑さと乾燥に強く、真夏も花数が減らず、フザリュウムに強いナデシコの育成はまだ道半ばだが成果が目前に迫っている。

<自立経営には年間200万ポットの品種提供が必要>
 今まで角田ナーセリーからの投資が経営を支えてきたが、日本で経営する限り個人ブリーダーとして自立経営するためには少なくても年間1,500万円の売上が必要となる。1,500万円の売り上げを得るためには年間200万ポットのパテント品種を提供し続ける必要がある。
 これは個人ブリーダには不可能に近い。おそらく世界でこのハードルを越えられる個人ブリーダーはほとんどいないと想像できるほど困難な現実だ。


<自立経営を行う方法を模索>
 安定して育種を継続するためにはなんとしても自立経営できなければならない。個人ブリ−ダーが自立経営するためには、「国際展開」・「育種と種苗の一貫生産」の2つが不可欠だと考えた。
 そのためには、自ら育種した品種の権利と種苗を世界のマーケットに販売しなければならない、種苗生産は日本で行ったのでは国際競争力がない。
 悩んだ末、気象条件と低い人件費が魅力な熱帯高地へ育種拠点を移し、そこで育種と種苗の一貫生産を行う事を決めた。
 候補地選びには苦労したが、赤道直下で年間を通して夜温8度日温26度と変化無く、人件費も日本の1/5と比較的低価格なエクアドルのカヤンベに決めた。
 エクアドルで育種を行い、種苗生産と一貫して行えば高い国際競争力を得る事ができる。国際的な種苗会社の統廃合が加速しているが、得意分野を絞り込めば、隣国チリと中国に種苗生産拠点を持つサカタ、ボール、シンジェンタの3大種苗に対抗する事ができる。
 営業力の弱さや、不安定な南米の治安など、多くの不安定要素はあるが1つづつ解決していくしかない。
 来年の1月にはFlorSAIKAのベースはエクアドルに移る。成功するかどうかはやってみないと解らない、個人ブリーダーとして自立経営するために挑戦を続けるしかない。

 共にエクアドルでの生活を選んでくれた妻と娘に改めて感謝を伝えたい。

2007年7月 6日

競合商品

今日ある方から私が育成している物とほとんど同じコンセプトの品種改良をしている方がいらっしゃる事を教えていただいた。
目の付け所がほとんど同じで、真正面からぶつかりそうだ。競争相手がいるという事でますます力が入る。本当の力が問われるのはこれからだ。必ず世界のトップを走り続ける。

ところで、長野もさすがに暑くなってきた、カレンジュラは栄養成長は盛んに行っているが種子稔性が悪くなってきた。さすがの長野も真夏の2ヶ月は育種効率が悪いようだ標高1200Mあるのでここより涼しさが必要であれば北海道に行くしかない。そういえば学生時代利尻島に遊びに行ったときたまたまかもしれないが熱帯夜だった。日本では無理かな。
カヤンベに行くのが楽しにになってきた。カヤンベは1年中気候変化が無く夜温は8度日温は26度だ。名古屋と長野を組み合わせ世代促進を進めている今より一ヶ所で移動もなく真夏も休まず済む。